政治・産業コンプレックスの変貌 5
最後に、政治学者はこう主張します。
文化を打ち砕くあらゆるメディアの作用のもとで、市民全体に共通する価値体系が徐々に消滅していく、と。
いまや、差異を選びとるためのゲットーが各人にあたえられ、このゲットーのなかで、各人は自分の特殊なエゴイズムのとりこにすぎないものとなります。
満ち足りた政治的無関心がその臼いマントですべてを覆い尽くしてしまったのです。
・・・以上の説明は、依然として「政治的」な説明であり、いくぶん冗長な説明です。
非難されている以上のすべての現象は、経済的次元に属する共通の根をもっています。
つまり、政治家は有権者の日常生活を大幅に刷新する効果的な能力をたえず弱めているのです。
国家が戦争の意思決定権をもち、飢えた人びとを養う権限をもち、各人に社会保障の恩恵を施す権限をもっていたときには、選挙の投票は政治が「人びとの興味を引く」ほどに十分な争点となっていました。
しかし、政府が失業手当の額を決めたり、日本の輸入にうち勝つこと以外の選択をなしえない場合には、各人はつぎのことをよく承知しています。
つまり、自分自身の生活が投票の結果に左右されることはごくわずかにすぎないということ・・・
および候補者がほとんど同じ発言をくりかえし、公約の競り上げに没頭しているということ人びとは学習することによって、もはやだれもこの公約を信じてはいない・・・
これらがそれです。