オーストラリアの囚人たち 6
サセックス地方で貴族の家柄を誇っていたヘンティー家は、この様な経済的重圧に直面した典型的な例でした。
トーマス・ヘンティーはメリノ種の羊を生育する畜産家です。
1820年代までに、トーマスは所有していた羊の一部をジョン・マッカーサーを含むオーストラリアのバイヤーに売り渡していました。
トーマスは、1821年にニューサウスウェールズに移住したサセックスの農業仲聞ジョン・ストリートと定期的に連絡をとりあってもいました。
1820年代後半、英国の不安定な経済状況に直面していた彼は、7人の息子、1人の娘も含めて家族全員がオーストラリアに移住すべきであるという決断を下しました。
トーマスの長男、ジェイムズは弟達にこう告げました。
「ニューサウスウェ;ルズは、これから我々が手がけようという事業のことも含め、英本土ではとても望めない将来性を、ヘンティー家に与えてくれるという結論に達した。
先日来、兄さんは父さんと何度となく移住に関する問題を話し合ってきた。
その結果、考えれば考えるほど、オーストラリア行きはヘンティー家の目的にかなうものであるという確信を深めるに至った。
父さんは、船の費用、羊、馬といった家畜その他に要する資金は別にして、10、000ポンドもあればニューサウスウェールズに行くことができると言っている。
そうなれば、今すぐにでも思いきり広い土地を手に入れ、たくさんの家畜を飼い、広い農場を持つことも夢ではなくなる。
10、000ポンドの金で、ここでは一体何ができるだろう」。